
声の大きい男、というのが、森がMIKIについて最初に持った印象だった。それは比喩でもなんでもなく、文字通りの意味においてそうだった。彼が「よう」と言っただけで、喫茶店の窓ガラスが心なしか震えた気がした。
緑色の髪をして、彼はカウンターの端に座り、コーヒーではなくジンジャーエールを注文した。五十代には見えなかった。年齢というものが、彼の場合はどこか別の場所に置き忘れられてしまったかのようだった。ダンディーという言葉があるとすれば、それはきっと彼のために発明されたのだろう、と森は思った。
森という男は、メガネをかけていて、黒い髪をしていて、三十代で、可愛いと言われることが多かった。可愛いと言われることと、モテることの間には、彼の経験上、あまり因果関係はない。それでも森はよくモテた。理由はわからない。世界にはそういう、説明のつかない需要と供給がある。
「お前、殴られてたな」とMIKIは言った。声の大きさに反して、その言葉には静かな重みがあった。
「殴られてはいません。絡まれていただけです」と森は訂正した。
「同じことだ」
二人はそういう風にして出会った。まるで長い長いエレベーターの中で、たまたま同じ階のボタンを押した二人のように。
その時、彼の緑の髪が窓からの光を受けて、奇妙なくらい優しい色に見えたことを、森は今でもよく覚えている。ただの光の加減だったのかもしれない。それでも森の中の何かが、その瞬間、静かに扉を開けたような気がした。
二人は、それから奇妙な旅を始めることになった。誰に頼まれたわけでもない。ただMIKIが「天使になろう」と言い出したのだ。ジンジャーエールを飲み干したあとで、まるで天気の話でもするような口調でそう言った。
「天使って、あの、羽の生えた?」
「羽はいらない。困ってる奴を助けて、また消える。それだけでいい」
森には、それが立派な思想なのか、ただの暇つぶしなのか、判断がつかなかった。おそらくその両方だったのだと、今になって思う。
夜、二人で野宿をするとき、MIKIはいつも森より少しだけ焚き火に近い場所を彼に譲った。「お前は冷え性だからな」とだけ言って、それ以上の説明はしなかった。森はその小さな気遣いの中に、彼の不器用な優しさを見つけるたびに、胸の奥がわずかに軋むのを感じた。それが何という名前の感情なのか、森はしばらくの間、あえて考えないようにしていた。
二人は山を越え、川を渡り、行き倒れた親子を見つけ、迷子の犬を探し、恋人に振られた学生の話を朝まで聞いた。MIKIは怒ると本当に怖かった。彼が声を荒げると、周囲の空気そのものが一段階濃くなるような気がした。森もまた、怒ると怖いと言われることがあったが、自分ではその瞬間の記憶がいつも曖昧だった。
冒険の途中、森は人生で一番屈辱的な出来事に見舞われた。山道で、我慢に我慢を重ねた末、崖の途中で足を滑らせ、盛大に用を足しながら転落するという事件である。詳細は省くが、MIKIはそれ以来、事あるごとにこの件を持ち出した。
「森、お前、あの崖のことを覚えているか」 「覚えていません」 「うんこと共に転落した男として、お前は歴史に名を残すだろう」 「残しません」
そういうやり取りを、二人は何度も繰り返した。まるで同じレコードの同じ溝を、何度も針でなぞるように。
ある雨の晩、雨宿りのために潜り込んだ小さな廃屋で、二人は肩を寄せ合うようにして夜を明かした。MIKIの体温は、声の大きさに見合うだけの熱を持っていた。「寒くないか」と彼は聞いた。「寒くないです」と森は答えたが、それは嘘だった。ただその嘘をつくことで、森はもう少しだけ、彼のそばにいられる理由が欲しかったのだと思う。
彼は何も言わずに、森の肩に自分の上着をかけた。そのまま二人で、雨音だけを聞いていた。言葉にしなくても伝わるものが、世の中にはあるらしい。森はその夜、初めてそれを知った。
最後の敵、というものが本当に存在したのかどうか、今となっては誰にも自信がない。それは組織と呼ぶにはあまりに輪郭が曖昧で、悪意と呼ぶにはあまりに人間くさいものだった。ただ、それが二人の前に立ちはだかったことだけは確かだ。
決着の直前、MIKIは驚くほどの緊張の中で、これまた盛大に腹を下した。声の大きい男が、声も出せないほど青ざめて蹲っている姿を、森は今でも時々思い出す。滑稽で、そして少しだけ神聖なものに見えた。
戦いの最後、森を庇ってMIKIは深い傷を負った。血の色は、彼の緑の髪の下で、奇妙なほど静かに広がっていった。
「MIKI」
「うるさい、声がでかいのは俺の役目だ」
彼は笑おうとして、うまく笑えなかった。それでも彼は言った。
「なあ、森。あの崖のうんこの件、俺はまだ根に持ってるからな」
森は泣きながら笑った。それ以外にどうしようもなかった。
彼は震える手を伸ばして、森の頬に触れた。「お前と旅ができて、よかった」と彼は言った。「言いそびれてたことが、たくさんある。だがもう、時間がないらしい」
「言わなくていいです」と森は言った。「わかってますから」
本当にわかっていたのかどうか、森にはわからない。それでもその瞬間、二人の間にあったものに、名前をつける必要はもうなかった。
「俺たちは、天使だったんだよ」とMIKIは言った。「誰かを助けて、そして消えていく。それだけの、ただの天使だった」
彼はそう言い残して、旅立った。
それから何年経っただろう。森は今も、時々空を見上げる。特別な理由があるわけではない。ただ、そこにMIKIの緑色が見える気がするからだ。
先日、道端で困っている誰かを見かけて、森は思わず、彼の声真似をして一喝してしまった。自分でも驚くほど、それは様になっていた。
二人は天使だった。過去形で、それは正しい。天使というものは、いつまでもそこにはいられないのだから。
森はまだ、あの雨の晩の上着の重さを覚えている。あれ以上の言葉を、二人は必要としなかった。それだけで十分だったのだと、今なら思える。
そして森は今、静かに、次の誰かのための羽を、探している。
完



















