
|恋とは何か?
恋とは何か?
人類は数千年、この問いに悩み続けている。
哲学者は語り、詩人は歌い、心理学者は脳内物質を並べる。
恋愛カウンセラーは五万円で相談に乗り、恋愛YouTuberは「脈ありサイン七選」を毎週発表する。
七つも探さなければならない時点で、それはもう「脈あり」ではなく「脈を探す仕事」である。
恋愛リアリティショーでは、知らない男女が恋をし、知らない視聴者が泣く。
数時間に編集された映像だけで「あの人は誠実。」「あの二人は本物。」と他人の人格と未来まで見抜くらしい。
その洞察力を、なぜ自分の恋愛には使えないのだろう。
では、恋とは何なのか。
私の答えは極めてシンプルである。
恋とは ── 脳内で勝手に開催される、一人SMプレイである。
相手は何もしていない。
返信が遅い。
既読が付いた。
絵文字が一つ減った。
それだけで人間は、自分で自分を縛り始める。
相手はスーパーで惣菜を選んでいるだけなのに、こちらでは妄想という女王様に首輪を付けられている。
実に完成度の高い自家発電型SMである。
|恋=依存症
恋をすると、人間は突然スマホ依存症になる。
通知が鳴っていない。
それでも見る。
五分前にも見た。
それでもまた見る。
もはや相手を待っているのではない。
ドーパミンの配給を待っているのである。
アルコール依存症には酒がある。
ギャンブル依存症にはパチンコがある。
恋愛依存症には「既読」がある。
たった二文字で、一日が天国にも地獄にもなる。
……などと、人類を観察したような顔で語っているが、もちろん私も立派な依存症である。
好きな女性から返信が来ない日は、通知音が鳴るたびにスマホを見ていた。
Yahoo!ニュース。
楽天市場。
ヤマト運輸。
結局、その日一番マメに連絡をくれたのは宅配業者だった。
私は一瞬だけ、ヤマト運輸の黒猫に恋をしていた。
少なくとも、ヤマト運輸は必ず返信してくれた。
|恋=宗教
恋をすると、人は相手を神格化する。
「この人だけは違う。」
「こんな人は初めて。」
人間は恋に落ちた瞬間、脳内に宗教法人を設立する。
教祖は相手、信者は自分。
返信が遅くても、「忙しいから。」
気分屋でも、「感情が豊か。」
扱いが雑でも、「信頼されている。」
恋とは、欠点を長所へ変換する自動翻訳機である。
ここまでは他人事のように笑ってきた。
だが、残念ながら、私もこの宗教の元信者でもある。
私も何度も「この人だけは違う。」と思った。
毎回「この人だけは違う」と思っている時点で、たぶん毎回同じだった。
恋をしていたというより、自分に都合の良い字幕を付けていただけである。
|恋=ギャンブル
恋愛は努力すれば報われる。
そんなものは都市伝説である。
何年尽くしても振られる人がいる。
出会って三日で結婚する人もいる。
努力と結果が比例しない。
完全にギャンブルである。
それでも人類は言う。
「次こそ。」
パチンコ屋の開店前に並ぶ人と、ほぼ同じ顔である。
さて、ここまでは統計の話だった。
ここからは、期待値を完全に無視して人生を張った男の実話である。
私はパチンコをしない。
期待値が悪いからだ。
ところが恋愛だけは「今回は違う。」と言って、時間も金も感情も一点買いしてきた。
ギャンブルをバカにしていた男が、人生をチップにして一番大きな賭けをしていた。
しかも何度も負けている。
|恋=投資詐欺
恋愛は未来への投資である。
プレゼント。
旅行。
記念日。
時間。
金。
感情。
それらを注ぎ込み「いつか二人で幸せになる。」という未来を買う。
そして最後は、「価値観が違いました。」
元本保証なし。
損切りも自分。
手数料も自腹である。
リターンは思い出である。
だが、偉そうに市場分析をしている私も何度もこの商品を購入している。
しかも自分から喜んで契約書へサインしてきた。
終わった後には「あの時間は無駄ではなかった。」「成長できた。」と自分で粉飾決算を始める。
人間の恋愛会計監査は、かなりガバガバである。
|恋=射精管理
恋愛とは自由ではない。
管理である。
今日は会える。
今日は会えない。
返信が来る。
来ない。
少し優しくされる。
次の日は冷たい。
完全に射精管理である。
人間は、手に入れた瞬間よりも、手に入りそうで入らない時間に興奮する。
恋愛とは、ドーパミンを使った人類史上最古の焦らしプレイなのだ。
理屈は分かっている。
構造も分かっている。
そして、分かった上で、毎回きっちり調教されてきたのが私である。
好きな女性から「また今度ね。」と言われるだけで、その「今度」を一週間くらい大切に温めてしまう。
知識はある。
耐性はない。
医者が風邪を引くのと同じである。
|恋=ビジネス
だから恋は儲かる。
恋愛カウンセラー。
占い師。
結婚相談所。
マッチングアプリ。
復縁屋。
花屋。
宝石店。
ホテル。
ウェディング業界。
どこかの誰かが恋をするたび、どこかの企業の売上が上がる。
恋人同士が見つめ合っている裏で、株主は決算書を見つめている。
恋は感情で始まり、経済で終わる。
人類は簡単に踊らされる。
……そう笑っていた私も、気付けば一番楽しそうに踊っていた。
クリスマスは企業の陰謀だ。
記念日商法は愚かだ。
そう言いながら、店を予約し、プレゼントを買い、花まで持っていた。
しかも、わりとノリノリだった。
|恋=編集作業
恋愛リアリティショーでは、知らない男女を集め、恋をさせ、短く編集する。
そして視聴者は ──
「あの男は誠実。」
「あの女は性格が悪い。」
「あの二人は本物。」
と断言する。
本人達の友人でも家族でもない。
それでもテレビを見れば人格が分かるらしい。
そして、番組終了後に出演者が別れると、「裏切られた。」と怒る。
それは、裏切られたのではない。
勝手に期待しただけである。
私はそんな視聴者を少し笑っている。
だが思い返せば、私も一枚の写真と数回の会話だけで、「あ、この人だ。」と思ったことが何度もある。
都合の良い場面だけを切り取り、勝手に運命の物語へ編集する。
編集していたのはテレビ局ではない。
私の脳だった。
|人類最大の思い込み
ここまで恋を散々笑ってきた。
依存症。
宗教。
ギャンブル。
投資詐欺。
射精管理。
ビジネス。
どれも本気でそう思っている。
だが、これは人類の恋を分析した記録ではない。
何度も恋で負け続けた、男の真実である。
私は恋の構造を知っている。
依存だと分かっている。
思い込みだと分かっている。
それでも何度も恋をする。
そして毎回、「今回は違う。」と言う。
恋は性欲ではない。
性欲なら、抜けば終わる。
恋は終わらない。
会っても足りない。
抱いても不安になる。
射精しても賢者タイムが来ない。
それが恋である。
恋とは、自分が勝手に作った物語へ、他人を主演として無断でキャスティングする行為なのかもしれない。
脚本は自分。
監督も自分。
観客も自分。
主演だけが、何も知らされていない。
そして映画が思い通りに進まなければ、「裏切られた。」と泣く。
だが、それは違う。
自分の脚本が、現実に採用されなかっただけである。
恋とは ── 脳内で勝手に開催される、一人SMプレイである。
だから人類は、今日も相手ではなく、自分の妄想へ恋をする。
恋とは、人類最大の思い込みである。




















