
その日、五反田が唐揚げになった。
朝起きたら駅も改札も山手線も、全部きつね色にカラッと揚がっていた。空からはレモンが降っていた。誰も驚かなかった。五反田では、よくあることだった。
澤田さん(イケメン・完璧超人・モテる)は、揚がった改札を抜けながら思った。
「僕は今日、何かを出さなければならない気がする」
それがうんこなのか涙なのか遺言なのか、わからなかった。
目黒川はジンジャーエールになっていた。
対岸のコーラの川のほとりに、五十嵐さん(美人・完璧超人・モテる)が立っている。二つの川の間は、たった3センチ。
「渡れません」と川が言った。川はしゃべった。
「ジンジャーエールとコーラが混ざると、最初からいなかったことになります」
二人は3センチを挟んで、黙って見つめ合った。
澤田さんは毎日100人に告白されていた。五十嵐さんも毎日100人に告白されていた。
でも本当は、誰も二人を好きになっていなかった。みんな「憧れて」いただけだった。
二人の「好き」だけが、3センチ先にあった。
そのとき、川底から黄金のうんこが浮かんできた。
うんこは老人の声で言った。
「わしは、お前たちが完璧すぎて捨ててきた感情の集まりじゃ」
「たぶん、さびしさとか、そのへんじゃ」
「ちなみに店主でもある。唐揚げ、揚げとる」
うんこは、からあげ屋「五反田の終わり」の店主だった。
カウンターに二人を座らせ、最後の唐揚げを1個だけ出した。
「どうぞ」「いえ、あなたが」
譲り合いは、なぜか3年続いた。その間に季節は流れ、山手線は一周し、店の外では五反田が少しずつ元に戻っていった。
3年後、唐揚げは冷めていた。
澤田さんが、それを半分に割った。
断面から、小さな鳥が飛び立った。
「ありがとう」と鳥は言った。「やっと、鶏に戻れました」
鳥は五反田の空へ消えていった。
二人は、なぜか泣いていた。理由は誰にもわからなかった。うんこですら「知らん」と言った。
その夜、二人は同時にトイレへ行った。個室は1つ。
扉が閉まる瞬間、澤田さんが言った。
「一緒に入りませんか」
「はい」
それが、二人を見た最後の光景だった。
翌朝、便器の中には、コーラとジンジャーエールが混ざった、よくわからない色の炭酸だけが残っていた。
店主のうんこが一口飲んで、目を細めた。
「……意外と、うまいな」
今も五反田の夜空には、二つ並んだ黄金の星がある。
天文学者はそれを「うんこ座」と呼んで、誰にも言わずに泣いている。
――完璧な二人は、混ざった瞬間にだけ、完璧じゃなくなれた。
完



















